大判例

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和歌山家庭裁判所 昭和50年(少)5259号 決定

少年H・H(昭三五・四・一四生)

主文

少年を中等少年院(短期)に送致する。

理由

1  罪となるべき事実

少年は

(1)  (イ) A、B子と共謀のうえ、昭和五〇年二月二五日午後六時三〇分ころから同九時ころまでの間、和歌山市○○○所在○○競輪場構内において、酢酸エチル、トルエンを含有する接着剤ボンドを吸入し、

(ロ) A、C、D、Eと共謀のうえ、同年三月二七日午後一一時三〇分ころ、和歌山市○○町×番地所在○○病院屋上において、トルエンを含有する接着剤ボンドを吸入し、

(2)  (イ) 昭和四九年一二月二三日午後三時三〇分ころ、和歌山市○町×番地所在○○建設店前路上において、○健所有の自動二輪車一台(和歌山市○××××号)を窃取し、

(ロ) E、Fと共謀のうえ、同年一二月三一日午後五時三〇分ころ、和歌山市○○町×丁目×番地所在○○屋裏路上において、○垣○宏所有の自動二輪車一台(和歌山市○××××号)を窃取し、

(ハ) E、Gと共謀のうえ、昭和五〇年三月一九日午後七時ころ、和歌山市○○町×丁目×番地所在○○劇場東側路上において、○花○所有の自動二輪車一台(和歌山市○××××号)を窃取し、

(ニ) Hと共謀のうえ、同年四月一五日午後〇時三〇分ころ、和歌山市○○○○×番地所在○○ビル東側空地において、○川○所有の軽四輪乗用車一台(八和○××××号)を窃取し、

(3)  公安委員会の運転免許を受けないで、同年四月一五日午後一時一〇分ころ、海南市○○×××番地付近道路において、軽四輪乗用車(八和○××××号)を運転し、

たものである。

2  適用法令

(1)(イ)、(ロ)につき、いずれも毒物及び劇物取締法三条の三、二四条の四、同法施行令三二条の二、刑法六〇条

(2)(イ)ないし(ニ)につき、いずれも刑法二三五条(なお、(ロ)ないし(ニ)につき同法六〇条)

(3)につき道路交通法六四条、一一八条一項一号

3  処遇理由

本件少年調査記録中の少年調査票(家裁調査官久保勝美作成)意見欄記載のとおりである。少年の父母は昭和四六年一一月ころ離婚し、少年は昭和四九年一二月ころまでは父と同居していたが、そのころ父に反発して母のもとに転居した。このため少年は一時間余の列車通学を余儀なくされ、これが怠学の重要な一因となつている。また母は芸妓を職業とするところ、少年の監護の面においては、生活時間的その他種々の点において不十分な点がある。しかし、少年は当審判廷において、今すぐ父のもとに帰ることは意にそわない旨述べている。以上の事情を考えると、少年を今すぐ父または母のもとで生活させることについては、少年の保護環境の点において相当不安な点が残ると言わざるを得ない。むしろ、少年を中等短期少年院に収容し、その間、父、母と少年との間の環境調整を行い、その上で少年を家庭復帰させる方がよいと思われる。

以上のとおりであるから、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 野崎弥純)

参考一 少年H・Hの抗告申立書

抗告の趣旨

ぼくの今までの学校生活においてたつた一つの目標は高校進学でした。それは母のねがいでもありましたところが、今度の審判の判決でそのたつた一つの目標、ぼくと母の夢がこわされてしまいました。なぜなら判決は和泉少年院でここは中等少年院のため音楽や体育があつても一番肝心な主要五科目が無いと審判の時、裁判官が云つたのを聞いたからです。和泉少年院で六か月すごせば勉強はかなりおくれます、そうなると高校進学も無理です、今までの努力も水の泡となります、出来る事ならばぼくをもう一度家に帰えして下さい、そして中学校へ通つて今まで以上に勉強してかならず高校へ上つてみせます、それは母も、和歌山市内に転宅して仕事も昼の仕事と切り変えるとぼくのために云つてくれています、そうなれば今までにない良い生活ができると思います、そして鑑別所内では自分の犯した罪を十分反省したつもりです、それにもう二度と自分の道をふみはずさないと固く決心しました。

以上が抗告申立の趣旨です。

参考 三

昭和五一年一月一二日

和歌山家庭裁判所

首席家裁調査官 久保勝美

和歌山家庭裁判所

所長西村哲夫殿

報告書

中学生を、従来、義務教育対象少年は短期処遇になじまないとして送致基準から除外していた和泉少年院(短期少年院)に送致した事例がありますので報告します。

一 本件を報告する理由

1 中学在学中の少年を、従来、義務教育対象少年は短期処遇になじまないとして送致基準から除外していた和泉少年院に送致したこと。

2 この処遇を選ぶについて家庭裁判所と矯正管区および、和泉少年院との協調が得られたこと。

3 この少年が、少年院に送致されたのでは高校に進学できないとして抗告したこと。

4 この抗告に対し大阪高等裁判所が事実の取調として和泉少年院分類保護課長、担当調査官、少年の父および母(離婚別居中)を審問したうえ、審理の結果、抗告を棄却したこと。

5 この処遇を通じて少年の在籍する中学校が校長、生活指導推進教員、学級担任あげての協力が得られていること、

6 親権者である父のもとをとびだし協議離婚別居中の母のもとより越境通学していた少年と、父母との関係が調整でき、親権者変更、子の氏変更がさけられたこと。

7 少年が心身ともにたくましく成長し、院と学校との協力で高校進学に備えていること。

8 以上を通じて、処分の多様化の試みがすすめられたこと。

二 本件への処遇の背景

社会情勢の変化とともに、少年非行の様相も次第に変容をとげてきており、兇悪粗暴犯の減少、万引、自転車盗、単車盗などを中心とする窃盗の増加、シンナーボンド遊び、過激派模倣事件の出現や性非行など、罪障感欠如型、遊び型の現代型非行化と量的安定化がみられるが、はたして少年非行は実質的に鎮静化しているのだろうか。

数年来、少年非行のすうせいとして指摘されてきた一般化、集団化、年齢低下の現象は、ここ、和歌山にもそのままあてはまる、とりわけ、中学生の非行は目をみはらせるものがあり、その対策が教育の限界をこえるものとして、学校は途方にくれ、授業も満足にできないとの声が聞かれるようになつていた。

生徒が教師の指導に従わないばかりか、反抗し、大量の窓ガラスを破壊し、校内でシンナー遊びや強制猥護事件まで発生するマンモス中学が新聞をにぎわし、家出や性問題をおこす中学生も増加してきている。

このような実態があるに拘らず、家庭裁判所に送致、通告される虞犯事件も触法事件もきわめて少いし、また、このような事態に対して、家庭裁判所はどのようにとりくんできたのであろうか。

送致をうけた中学生非行の多くは、万引とか自転車、単車盗、シンナーボンド遊び、無免許運転等で一件一件としてはそれほど大きくはないので、訓戒不処分、試験観察のうえ不処分となつて、進学、就職への配慮等もあつて、保護観察になるケースもあまり多くはない。

ところが中間少年以上の非行少年をみると、その多くに前駆症状としての補導歴、審判不開始、不処分の前歴のあるものが見られ、初回受理対策の反省を求められるものが少くない。

おもうに、少年保護に携わるものに、保護対策は究局において少年のためのものであり利益処分だとの確信がうすいのではないか。

いやしくも拘束的な強制力を用いる以上、少年の人権保護には特に慎重でなければならないことは当然であるが、ここで大切なことは、まもつてやるべき少年の人権の実質を見あやまることがあつてはならないということである。また、鑑別所、少年院、保護観察所の実態が努力工夫にも拘らず、まだ充分でないこともたしかではあるが、その改善を求めることができるのは、少年保護の第一義的責任を有する家庭裁判所をおいてほかにない筈である。しかしその実態を知る機会がまだ充分でないのではないか。

少年に対し、いいたい放題、したい放題の日本の現代社会においても、最少限の自由の制約があり、けじめをつけることもあるという本来の原則的な責任を認識させることに弱く、少年であるが故に調整された処遇方針の指示が中心になり、鑑別所や少年院への収容についても、さらに悪いことをすれば収容されることがあるという、みせしめ的発言が多すぎるのではないか。そのため関係者は勿論社会でも鑑別所や少年院は悪いことをした、ひどい少年だけがゆくところであり、そこにゆけばレッテルつきでさらに悪くなるのだとの感じをもちやすい。

鑑別所や少年院は家庭、学校、社会教育の不備を補うための国立の全寮制の病院、学校というふうにできないものだろうか。

このようなことが痛感された昨年四月末、和歌山で県青少年局主催の少年保護関係連絡協議会の例会において中学校における非行生徒対策につき教育委員会から求められるところあり、相談に応ずることをのべておいたところ、早速二中学より積極的な申し出があり、協力が得られるようになつた。

規模の大きい二中学の生徒に多くの非行が発生していたが、地方選挙の後で捜査機関の処理がおくれていたので、早期送致を求めるとともに、初回受理対策をたてた。

何れも家庭裁判所への係属ははじめてであつたので、先ず、できるだけ早い時期に面接し、家裁の方針と処遇に関するあらゆる情報を少年保護者にあたえ、調査を続行し、学校の協力を求めて、学校の生活を一応つづけさせた。かなり根の深い六名の主な生徒は、見込みどおり、学内において、余り改まることがなかつたので、夏休みが始まる直前に一斉に観護措置をとつてもらつた。

六名のうち一名はサッカーの選手で、ブロック予選にかち、二回戦に出ることになつていたので、一旦観護措置で鑑別所に収容した後、一号の調査官観護にきりかえ試合終了後再び鑑別所に収容することになつた。

結局六名のうち、一名のみ和泉少年院に送致され、他は学校試験観察がつづけられている。サッカー選手の少年は、鑑別所にかえつたときに仲間の少年院送致がきまつたので、とくに深刻に反省するところが見られたが、三年生でありサッカーの練習にでなくなつてからは、教室での居ねむりが多く、他の在宅少年とともに係属以前のようなことはないが、審判当時の反省はどうしてもうすれがちになつている。

和泉少年院送致となつた少年には、決定後いろいろの変化があつた。

まず、この審判に立会した学校側では、高校進学希望の少年を学科教育の準備のない和泉少年院に入れると進学できないので、試験観察にしてでも普通の中学校で勉強させてほしいという意向を持つていたようである。このため、言渡までは少年、保護者とも納得し、少年は調査の段階でも、鑑別所に入つてよかつた。行きたくはないが少年院へゆくのは当然だという心境になつていたのであつたが、言渡後飜意し、抗告が申し立てられた。

抗告後、少年は、少年院がこんなところとは思わなかつた、抗告などするのではなかつたとのべていたといわれている。

この処遇を通じて、矯正管区、少年院がともにこの問題を真剣にとりあげ、学科教育の配慮工夫をされ、昨年一〇月二〇日より、通称を和泉学院とした。

在籍中学校がかえつて熱意を示し、学校長、生徒指導推進教員、担任が面会にゆき激励、学科のうち理科指導の有資格者だけが欠けているので、毎土曜二時間の教授と進学の助言を申し出、実行し、和泉少年院が地域社会との連係を目標とする短期処遇のモデル施設としての特徴を実践できることになつた。

また、少年の家庭環境において、第一子長男である少年が財力と事業をもつ親権者の父のもとをとびだし、アパート住居で芸者をしている母のもとにゆき、父母の相克の中で親権者変更、子の氏変更に発展しようとしていたところ、環境調整が進み、父が責任をもつことになり、父子の関係が少年の自省のもとに好転し、母が手をひくことになつた。

少年は二月九日で収容期間六ヶ月を迎えるので、一月前の院外補導として、在籍中学校に通学準備を深めさせる調整が院、学校、保護者の間で煮つめられようとしている。

三 本件の少年と係属事件

少年H・H 昭和三五年四月一四日生

昭和五〇年少第二〇八号毒物及び劇物取締法違反

〃     第二二〇号〃

〃     第四二〇号窃盗

〃     第五二五九号道路交通法違反

四 少年取扱いの経過

昭五〇・四・三○ 少年保護関係機関連絡協議会の話題となる

〃   五・ 二 ○○中学藤原生活指導推進教員来庁相談をうける。捜査機関に早期送致方を求める。

昭五〇・五・一九 昭和五〇年少第二〇八号受理

〃   五・二一 〃 第二二〇号〃

昭五〇・五・二一 調査官記録受理

〃   五・二六 少年保護者面接

〃   六・一六 管区第三部長と協議(電話)

〃   七・一五 和泉少年院視察協議

〃   七・一六 少年に対し観護措置決定

〃   八・ 八 審判 和泉少年院送致決定

〃   八・ 九 少年より抗告申立 於鑑別所

〃   九・ 八 大阪高裁審問による事実調査

〃   九・ 一 七抗告棄却決定

五 添付資料(編略)

六 その他

二中学校の主な非行生徒への家庭裁判所の対策以来、学内の雰囲気がかなりかわり、静かに勉強できるようになつたと報告されているが、まだ小さい事件はつづいて発生しており、一層きめこまかい対策を進めたいと考えている。

以上

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